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福岡高等裁判所 昭和39年(ラ)176号 決定 1965年11月08日

抗告人 木原永子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告申立書、抗告理由補充申立書、および陳述書に記載されている通りであり、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

一、相続財産の範囲について

(1)  抗告人は先ず、原審判別紙目録(5)及び(6)の各家屋は抗告人の所有であつて、本件分割の対象となるべき相続財産の範囲に属しないと主張する。そして原審における調査官の事実調査の結果によれば、抗告人は本件被相続人と婚姻する際いわゆる持参金として金五、〇〇〇円を持つてきており、右(5)の家屋は主として該金員により建築されたものと推認される。しかし婚姻にあたり妻の持つてくる持参金の性質についてはこれを一様に見ることはできないのであつて、妻より夫に贈与される場合もあり、妻の特有財産としてとどめる場合もあり、あるいは夫婦の共有とする場合もある。そして前記(5)の家屋が、夫である被相続人の所有名義に登記されていて長年月に亘り何等の異議も出ていないところから見れば、他に別段の事情の認められない限り、前記の持参金五、〇〇〇円は抗告人より被相続人に贈与され、被相続人が主として右金員により前記家屋を建築所有するに至つたものであつて、抗告人の特有財産ではないと認められる。抗告人提出にかかる疏甲第一号証の一、二、第二ないし第四号証をもつてしても右認定を左右するに足りない。また(6)の家屋が抗告人の所有に属することを肯認すべき証拠も存しない。

次に抗告人は、原審判別紙目録(1)(2)の土地及び家屋も亦抗告人の所有であつて、相続財産の対象にはならないと主張する。しかし原審における証人木原良子の証言によれば、右(1)(2)の土地及び家屋は登記簿上現に木原弘の所有名義となつているが、右は被相続人が予ねて右不動産を担保として弘の祖父より金員を借受けた際譲渡担保に供したものであつて、その後弘が家督相続をした後、被相続人において右借金を返済した結果、所有権は被相続人に復帰したけれども、ただ登記名義変更の手続のなされていないことが認められる。抗告人提出にかかる疏甲第五号証の記載内容はたやすく措信することができない。又同第六号証によれば、(1)(2)の土地及び家屋につき抗告人のため所有権移転請求権保全の仮登記のなされている事実が認められるが、単にこのような事実があるからといつて、前記認定を覆えすことはできない。

しからば(5)(6)(1)(2)の各不動産はいずれも本件分割の対象となるべき相続財産と認めるのが相当である。

(2)  抗告人は、本件分割にあたつては相続財産中動産についても考慮すべきであると主張する。しかし抗告人において、亡木原文男が動産を持去つたことの立証として提出した疏甲第一三号証記載の各物件は、それぞれ母又は姉の分と註記されているしその品目にかんがみても被相続人の財産ではないと認められるし、又疏甲第一四号証の一、二の記載は漠としてその趣旨を理解し難い。結局動産については相続開始時の数量について争があるばかりでなく、抗告人をはじめ各相続人の持去つた品目及び数量が明確を欠くので、分割の対象としてこれを考慮しないのが相当である。

(3)  抗告人は本件分割にあたつては、相続債務及び相続開始後抗告人が他の相続人のため立替支出した金員についてもこれを考慮すべきであると主張する。しかし相続債務は各相続人がその相続分に応じ当然承継して負担すべきものであつて、本来遺産分割の対象となるべきものではない。また仮に相続人の一人が他の相続人のため相続債務を立替支払つた事実があるとしても、その償還請求権は遺産の分割とは別途にこれを行使すべきである。この点は相続開始後相続人の一人が相続財産の管理等のため他の相続人に代つて金員を支出した場合も同様であつて、やはり遺産分割とは別途に解決すべき事項に属する。したがつてこれらを分割の対象として考慮することは相当でないし、又これら未解決の事項があるからといつて、分割を禁ずべき特別の事由があるものということはできない。

二、生前贈与について

抗告人は相続人の内、亡木原文男及び木原信男は、大学卒業のための学資その他多額の生前贈与を受けており、その金額の算定は可能であるから、相続分を定めるにあたつては右生前贈与の事実を考慮すべきであると主張する。

しかしながら大学卒業のために要した費用を今日の時価に換算して正確な数額を算出することは困難であり、又原審における調査官の事実調査の結果によれば、信男についてはその学資の一部が被相続人の親族からも出ていることが窺われるし、さらに他の相続人である抗告人及び木原昭男が生前贈与を受けたかどうかはこれを明確にすることができない。これらの諸点を彼此綜合すれば、本件各相続人の特別受益については特にこれを考慮しないことが相当であると認められる。又抗告人が信男及び昭男のため学資の一部を捻出した事実があるとしても、右は相続人相互間の問題であつて、遺産分割にあたつて考慮すべき事項には属しない。

三、分割について

抗告人は、原審判の採用した本件相続財産の評価は適切を欠き、殊に土地は日時の経過とともに値上りが顕著であるのに対し、建物は次第にその価値を減少することを考慮に容れず、又土地付の建物と借地上の建物との価値の相違を斟酌していないことは失当であると主張する。

しかし原審判が本件相続財産の価格を算定するにあたつては、鑑定人の鑑定の結果にしたがつて適正になしているのであつて、たとえ右鑑定の時期が審判の時よりある程度日時を異にしているとしても、手続上やむを得ないところといわなければならない。抗告人提出にかかる疏甲第一二号証の一ないし四には、本件相続財産中原審判別紙目録(1)及び(3)の土地につきそれぞれ前記鑑定の結果を遙かに上廻る評価額が記載されているが、右はいずれもただちに鑑定の結果を左右するものとは認め難い。

又抗告人は原判決別紙目録(2)(4)及び(5)の各家屋につき修繕その他の管理費用を支出しているので該事実は分割にあたり当然考慮されなければならないと主張するが、仮にこのような支出がなされているとしても、かかる支出は分割にあたり考慮すべき事項に属しないことは、既に説示した通りである。

更に抗告人は、原審判が本件分割にあたり抗告人に対し金六四万七、一六七円の債務を負担させたことは失当であると主張するが、分割により原判決別紙目録(5)の建物が抗告人の所有とされ、その価格が同人の相続分と対比して前記金額だけ超過している以上、現物分割の額が相続分に不足する他の相続人に右超過分相当額を支払うべき債務を抗告人に負担させることは適当であり、殊にこれを五年ないし一〇年の年賦とすることは抗告人の生活面等についての考慮を尽くしたものであるといわなければならず、要するに原審判の定める分割方法は民法の規定の趣旨に背馳するものとは認められない。

四、結論

以上の通りであつて、抗告人の主張するところはすべて理由がなく原審判は相当であるから本件抗告はこれを棄却することとし、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 池畑祐治 裁判官 佐藤秀 裁判官 石川良雄)

抗告理由<省略>

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